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日記
ようやく今シーズン初滑り。
本当は美川スキー場に行きたかったが、1/1オープンになってしまったらしく、
その手前にある“久万スキーランド”に行ってきた。
ここは雪は余り降らないが、スノーマシン完備なので、
今シーズンのように雪不足でもスキーを楽しむ事が出来る。

でも、気温が高いと午後から雪質が悪化しそうなので、
朝一から滑ることに。

AM6:30過ぎに出発し、一緒に行く高校時代の同級生とその友人を迎えに行ってから
スキー場へ。

AM8:00のオープン前にも関わらず、スキー場には結構人が集まっている。
こんな年の瀬に滑らなくても・・・って人の事言えないか。

心配だった雪もそこそこ滑れるだけはあるので一安心。



早速準備していよいよ今シーズン初滑り。
昨シーズンは結局2回しかいかなかったので上達の程は全く見込めなかったが、
まぁ初めてにしてはそこそこかな?

多そうに見えた人の数もゲレンデにはあまりおらず、ゆったり滑れる。
というわけで、連れの二人とは時々リフトで一緒になる以外はほぼ別行動でどんどん滑る。
え?それって一人で行くのと同じでは?
と思われるかもしれないが、“みんなと一緒に行く”のが
安心感があっていいんですよ。

最初は午前中いっぱい滑るつもりでリフトは4時間券を買ったのだが、
結局3時間ほど滑ったところでお腹一杯になったのと、
日差しが強くなって雪も段々悪くなってきたので終了。

さぁ、今シーズンはどんどん滑るぞ!
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日記
2006.12.30 トラブル対応
実家に帰って最初のイベント(?)はパソコンのトラブル対応。
まずは父親のノートパソコンから。

ちなみに父親がパソコンを始めたのは定年退職してから。
にも関わらず一通り使えるようになった。
いろいろと苦戦しているようだが、とても尊敬できる父親である。
しかし、“パスワード”のことを“キーワード”と覚えてしまったのはなんとか直して欲しいが・・・

で、トラブルの内容は頻繁に負荷が高い状態になり、動作が遅いとのこと。
対応策として手っ取り早くWindowsの再インストールを考えたが、
NECのパソコンのため、Windowsのインストールディスクがついていない。
代わりのサポートディスクでは初期及び同梱のアプリしかバックアップできならしい。
仕方なく、不要な常駐ソフトを無くしてスキャンディスクとデフラグをしてみる。
まぁ、気持ちマシになったかな?

続いては姉夫婦のデスクトップ。
こちらはもっと重症で、起動に15分近くかかる上に
スキャンディスクが立ち上がるが全く進まないらしい。
ほぼ末期症状である。

これも再インストールしたかったが、Fujitsuのパソコンのため、
Windowsのインストールディスクは無い・・・

というわけでセーフモードでスキャンディスクを一夜もかけて終わらせ、
デフラグを実施。
これでもなんともならなかったらデータが消える覚悟で再インストールしよう。
ちなみにパソコンのマニュアルには“パソコンをふりだしに戻す”なんて
面白い表現を使っていた。確かにその通りだ(笑)

まぁ実家に戻っているうちになんとかしてあげよう。

日記
2006.12.29 帰省
無事今年の仕事も終わりこれから実家に帰省。
一昨年のような惨劇にならなければ良いのだが。

ちなみに一昨年は、出発前に道路情報を調べると、
ほぼ全てのルートが“黒!”
黒って何?と思い、調べてみたら“雪で通行止め”らしい。
しかも四国へ渡る橋はほぼ全て壊滅状態。
もちろん高速に乗ったらしばらくして雪の渋滞に巻き込まれ、
さらにオーバーヒートでリタイヤ。

そして出直したものの、雪の渋滞は続き、
四国に渡ると高速は通行止め。
結局かなりの距離を下道(しかも大渋滞)の中帰る羽目になった。

今年は順調に帰れると良いなぁ・・・
日記
2006.12.28 帰省準備
明日で仕事納め。そして夜は実家に向けて出発する予定。
というわけでバタバタと帰省準備を始めた。

まずはタイヤ交換。
全く雪の気配が無かったのでずっと夏タイヤのままだったが、
さすがに出先で立ち往生したくないのでスタッドレスに交換する。

本当は新規購入したタイヤを履きたかったが、準備したホイールに
うまくはまってくれないらしいので(中古品だから仕方ない)、
去年までのものを使う。

5シーズン目でだいぶ山が無くなってきているが、
無いよりかはマシだろう。

ちなみに帰省の間、スキーに行く予定なのだが、
久万高原ラリーのスタートでも使っている“美川スキー場”は
雪不足でまだオープンしていないらしい。
まぁ岐阜のスキー場に雪がないくらいだから、
愛媛のスキー場が開いて無くても無理はないか。

美川がダメでも人工降雪機を装備した他のスキー場は大丈夫そうなので、
なんとか滑れるだろう。

後の心配は明日の移動予定時間が渋滞ピーク予想と完全に重なっていること。
スケジュールの都合上仕方ないので、のんびり帰ろう。
日記
2006.12.27 潰瘍
日曜は完全に真っ赤だった左目も
目薬の効果でだいぶ充血が治まって、
若干赤みが残る程度までに回復してきた。

というわけで、再検査をするため眼科に行って来た。
どうやら日曜の段階では充血が酷すぎて、
ちゃんとした検査が出来なかったようだ。

まずは視力等の簡単な検査から。
担当して頂いたのは年配の看護婦さん。

おなじみの視力検査はこんな感じだった。

看「これは?」
Y「左」
看「次、これは?」
Y「下」
看「じゃぁこれは?」
Y「分かりません・・・」
看「それじゃ、どっちだと思う?」
Y「右っぽいです・・・」
看「当たり♪」

視力検査ってこんなので良かったのだろうか?

だんだん信用が無くなってきたところで
医師の診察に。

医「だいぶ治まったみたいだね。
  じゃぁ、診てみるから」
といって診察を始める。
そして一通り診終わって言われたのは
潰瘍が出来てるね

え?潰瘍?それって結構問題なんじゃぁ?
と思ったが、コンタクトを使っていると角膜潰瘍になることは
たまにあるらしい。

そして目にカラーチェックのようなものを施して
「ほら、ここに穴が空いているでしょう」
と拡大画像を見せてくれた。

確かに穴が空いている・・・
でもこのレベルであれば視力への影響もないし、
多少痕跡が残るが、問題なく治るらしい。

というわけで一安心♪
しかし潰瘍の治療としてまた一つ目薬が増えてしまった。
これで3種類。一度に3種類もの目薬を差すのは大変なのだ。
しかもこの目薬、苦いのだ
目と口ってつながっていることを改めて認識した。

早く治そう。そして目は大切にしよう。
ラリー
現在4代目のAE111レビン制作中であるが、
実は1代目のレビンもまだ残っていたのだ。
その間に2台もあの世に送ってしまったが・・・

2004年までラリー本番車として使っていた車も2005年以降は
現役を退き、ある時は練習車として、またある時は部品取り車として、
そして多くの時間を部品置き場としてその余生を過ごしてきた。

しかし、今日で車検満了となるため、仕方なく手放すことにした。
思い出深い車なので残しておきたい気持ちもあるのだが、
とにかく不具合が多く、普段の街乗り程度でも油断ならない状態で
とても車検を通すことが出来なくなったからだ。

この車を買ったのは2000年の12月。
ほぼノーマル状態だった車をラリー車に仕立て上げていった。
通勤に使わないにも関わらず、最初の4ヶ月で約1万kmの距離を走り、
ラリーに1戦も出る前に最初のファイナルが壊れたのを覚えている。

それから6年経つわけだが、免許を取って11年なので半分以上の期間を
この車と過ごしてきたことになる。
これまで12台の車を乗り継いできたのだが、長くても2年ほどしか
乗らなかったことを考えると、6年というのは特別長いのである。

この車にはいろいろ嬉しい経験をしてきた。
 ラリー初優勝
 地方選手権チャンピオン
 全日本ラリーで表彰台獲得
残念ながら全日本ラリーでの優勝を飾ることは出来なかったが、
この車と共に進化してきた。

そして最近はリタイヤ続きであるが、この車の時は完走率が高かったのだ。
23戦のラリーに参戦して完走21回。完走率91%
今では考えられない完走率の高さである。
しかし2代目は9戦に参戦して完走4回。完走率44%
3代目に至っては3戦に参戦して完走0回。完走率0%であるorz
うーん、代を追うごとに酷くなっているなぁ・・・


この車は中身はもちろんのこと外観もどんどん変わっていった。

2001年2月~7月

2001年8月~2003年4月

2003年5月~7月

2003年8月~2005年4月

2005年5月~現在

一番最後の写真は今年のGWのダートラ練習会の時のものであるが、
この車で走ったのはこれが最後である。
既にあちこち痛んでいたが、この練習会でそれがさらに悪化し、
今のような街乗りもままならない状態になっていた。

まぁそれまでもいろいろあったので、既にかなり痛んでいて、
フランケン状態の車だったが。

本当は自分の手で解体屋に運んでやりたかったが、
都合が付かず、人の手に託すことになってしまったのが残念である。

この車にはたくさんのことを勉強させてもらったので
とても感謝している。
だから呪わないでね(笑)
日記
今日はこのドラマの最終回。
もともとは出演者にあまり興味が無く、エキストラとして出演している
従姉妹の姿を探すのが目的で観始めたのだが、
どんどんドラマの世界に引き込まれていき、結局最後まで観ることになった。

しかも、前クールの“サプリ”では嫌いだった瑛太がこのドラマのおかげで
好きな俳優になった。役所って大切だなぁと思った。

ドラマのストーリーは個人的に好みの展開で、ラストもハッピーエンドで終わっており
満足この上ないものだった。

そして最終回で興味を惹かれたセリフが
「歴史に名を残す音楽家には、才能だけじゃなく、
 人との大事な出会いがあるものなのさ!」

というもの。

どの世界でも言えることで、当然ラリーでも同じ事が言える。
そういう意味では自分自身は出会いには恵まれていると思う。
あとはこの才能(まだ埋もれている部分があるはず・・・)を
どれだけ開花させることが出来るか?

ってまずは完走出来るようにしよう。
日記
2006.12.24 炎症
昨日急に悪化した目の痛みは多少収まったものの、
左目は完全に真っ赤で半分くらいしか開けられない状態。
というわけで午前中に眼科に診てもらいに行った。

受付に行くと、看護婦さんが目を見るなり
これは酷いですねぇ・・・
と一言。

しばらく待って医者の診断を受ける。
医者に「しっかり前を見て目を開いてー」
と言われるが、そんなに光を照らされると目が開かないんだって・・・
と思っていたら強制的に目をこじ開けられた。
「炎症をおこしてますねぇ。目薬を出しておきますので
 年内にもう一回来て下さい。
 あ、もし痛みが治まらなかったら明日来てもらっても良いですよ。」
と言われて診察終了。

ん?診ただけで終わり?炎症の原因は?
と疑問は残ったが、特に治療されなかったということは
目の中に異物が残っているわけでは無いのだろう。

そして受け取った目薬は“抗菌剤”と“耐炎症剤”の2種類。
いずれも一日四回点眼とのこと。
これで治ってくれたら良いんだけどなぁ・・・

左目はもちろんコンタクトを付けられないので
これを機にメガネを新調しようと思ったが、
 一応メガネを持っているのだが、10年以上前に作ったので全然度が合っていない
この目の状態で行ってもメガネの度を合わせられるわけが無いし、
メガネ屋さんがビックリするだけだろうからやめた。

午後からは昨日の続きでレビンの作業。
本当はロールバーの仮組までしたかったのだが、
目の状態が酷いのでミッションの作業だけ終わらせて後はお願いすることにした。

皆さん、目は大切にしましょう。
ラリー
年内にはレビンが走り出せるように車両制作もペースを上げる。
今日はミッション交換とフロントのサスメン及びサスアーム類交換。

まず、前のレビンからエンジン・ミッションを一体で降ろす。
そのままの状態で交換するのが手っ取り早いのだろうが、
冬のトレーニングの間は本番用エンジンは温存することにして、
新しいレビンに元々載っているエンジンを練習用に使うことにした。

前のレビンはサスメンまで降ろした状態でとりあえず放置。
続いて新しいレビンのミッション降ろしの作業。

放置している前のレビンが転がるようにしないといけないので、
サスメンを最初に降ろして、前のレビンに取り付ける。
かなり強引につけたが、まぁ、押して転がせる状態になればそれでヨシ。
そして前のレビンは表に追いやる。

さらにミッション脱着の作業は進み、
後はサスメンを取り付ければオイルを入れて完了。
・・・のはずだったが、ここで思わぬトラブル。

サスメンが載らないのだ。
状態としては、取り付けボルトの位置が少しずつずれていて、
ボルトがうまく入っていかない。
どうやらこの車は以前ロアアーム等を脱着した時に
かなり強引に取り付けたようだ。
AE111はロアアームの取り付け作業性があまり良くなく、
位置があっていない状態で適当につけようとすると
ボルトを痛めてしまうのだ。

さらに追い打ちをかけるように左目に激痛が走るようになった。
一ヶ月前の新城ラリーの前後にこの症状が出ていたのだが、
その後は特に問題なく過ごしてきた。
しかし、2・3日前からまた目が充血するようになってきて、
それがピークを迎えたようである。

作業をやめるわけにはいかないので、左目が涙でボロボロになりながら
タップとダイスでねじ山を修正する。

修正の甲斐あって、ようやくサスメンを取り付けることが出来た。
そしてエンジンマウントを取り付け、途中だが作業終了。

レビンの方は遅れながらも作業が進んでいるのだが、
左目の痛みは更に悪化し、目が開けていられない状態に。
というわけで、その後の予定をキャンセルして家に戻った。

それから数時間。多少状態は良くなったが、まだまだ痛みが残る。
明日は眼科に行ってこよう。

年内にレビンは走り出せるようになるのかな?・・・

日記
2006.12.22 鍋パーティー
今日は先日の卓球大会の表彰式兼鍋パーティー。
場所は同じ職場の人のマンスリーマンション。
初めてマンスリーマンションに入ったが、住むための家財道具は
一通り揃っており、数ヶ月単位の出張とかには便利そうである。

メインはちゃんこ鍋。それも第1段はしょうゆ味で第2段はみそ味の2種類。
具材は鶏肉、鮭、鱈の他、野菜も満点で盛り沢山。
そしてうどん玉も用意しており、腹一杯鍋を楽しむことが出来る。

さらに卓球大会の上位3位までの人には特別に
“飛騨牛”の焼き肉が振る舞われた。
残念ながら4位だったので最後に残り物を少しもらっただけだが・・・

とまぁ、ここまでは普通の鍋パーティーだが、
宴が進むにつれてどんどん間違った(?)方向に行き、
 ・柚胡椒と生クリームのコラボ
 ・フライポテトのバラ肉巻きを鍋に投入
 ・最初のリタイヤ者にはマッキーで落書きの嵐
 ・第4のビール(柚胡椒入り・・・)登場
 ・フードファイター乱闘
という感じでいつもながら(?)の壊れ具合だった。

結局お開きになったのはAM3:30。
今晩も腹一杯楽しみました。やっぱり冬は鍋が一番!
日記
今日はこのドラマの最終回。
結局、毎回欠かさず最後まで観続けてしまった。

波瀾万丈の生き方をしながら結局最後はATM強盗に襲われた事が
原因で死んでしまうというあっけない松子の人生の幕切れ。
もう少しなんかあっても良かったのにと思う・・・
ちなみに原作も暴漢に襲われて死んでいるようなので
この設定はドラマに限った話では無いようだ。


そしてずっと気になっていたのは“嫌われ松子”というタイトル。
ドラマを観ていても“嫌われ”を連想させる内容ではなく、
むしろ「みんなに好かれているのでは?」というくらい。

結局最後の数年間に近所の人から嫌われているだけじゃないのかな?
それをタイトルにするのもなんかなぁと思ってしまった。

とまぁ、否定的なコメントになってしまったが、
ドラマ自体は必死に幸せを掴もうとする松子の一途さ
伝わってきて、良かったと思う。

残念なことに裏番組の「Drコトー」のおかげで視聴率は8%前後と
低迷していたようだが・・・

今度原作でも読んでみようかな?
日記
2006.12.20 卓球大会
今日は職場の有志メンバーによる卓球大会。
1年ほど前に、一緒に仕事をしていたメンバーがたまたま
卓球経験者揃いだったことが発端で始まったこの大会も今回で10回目。

ちなみに大会名は“セジュールカップ
メンバーの一人が住んでいるアパートの名前の響きが良かったので
大会名に使うことにした。

参加者は毎回7~8人で総当たり戦。
1ゲームは11ポイント制の3セットマッチ。
そして勝負を左右するのは“ハンデくじ”
さすがにレベルがまちまちなので一部のメンバーにはハンデが与えられるのだが、
これがくじ引き制で0、3、6、9点の4種類。
9点を引かれるといくらレベル差があってもハンデ有利である。

そして3位までは商品として生協の商品券がもらえるのだ。
これはありがたい。
ちなみにこの商品券代はエントリーフィーに含まれている

これまでの成績は7回参加して優勝5回、2位1回、3位1回と、
中学校時代に弱小卓球部の主将をやっていた意地を見せている。
ちなみに2位の時は試合数不足、3位の時は9点ハンデにやられた・・・

そして今回の結果は?・・・

1試合目から9点のハンデを引かれ、早くもピンチ。
かなり大人げない戦い方をしたにもかかわらず惨敗。

続く2試合目は6点のハンデ。
実力的には勝てるはずだったが、相手がハンデを得たことで
妙に強気になってしまい負けてしまった・・・

それから4連勝したものの、結局4位という過去最低の結果にorz
次は絶対に負けないぞ!
ラリー
2006.12.19 異種対決

イギリスBBCの自動車情報番組TopGearより
“Mountain Board vs Rally Car”

何が凄いって、ベリースリッパリーな芝のダウンヒルをラリー車で走っていること。
マウンテンボードで下っているくらいだからかなりの急勾配だろう。

ドライバーのVan Kollins?という人は全く知らないのだが
よくコントロールしていると思う。
もっともかなり手こずったようで最後に暴言を吐いているようだ・・・

この番組は今日初めて知ったのだが、イギリスではかなりの長寿番組であり、
結構過激な実験をやっていることで有名のようだ。
日本でもBBC JAPANで放送しているらしい。

地上波でやってくれないかな?
ラリー
2006.12.18 豊田ナンバー
今日は会社は休みを取っていたのでレビンの作業。
先週末にナンバーがとれたのでようやく本格的にラリー車作りをスタート。

エンジンとかミッションとかボデーとかいろいろやることはあるが、
走り出すことを優先してまずは足廻りを交換する。

リヤはサスメンごと交換。
パラレルリンクタイプのストラットはシンプルながら
素直で良い足。


しかしここで問題が。
これまでスーパーストラット用のボデーを使っていたので、
サスメンとボデーとの締結は左右各3点だったが、
ノーマルストラットは2点と少ない。
そして今回のボデーはノーマルストラット。
ということは・・・やっぱりボデーのボルト穴も2点しかないorz
そんな所作り分けているなんて・・・やるな
まあ2点でもちゃんと取り付けは出来るので
取り付け剛性については後から考えよう。

とりあえず一通り足廻り交換を済ませて今日の作業は終了。



そして、今回ついているナンバーは嬉し恥ずかし(?)の豊田ナンバー
ご当地ナンバーが導入されたおかげで豊田市に住んでいる限り
もれなく豊田ナンバーになるらしい。
何もそこまで主張しなくてもいいじゃん!と思うのだが・・・

豊田ナンバーを見ると「プレス技術が進歩したなぁ」と思う。
画数の多い“豊”の字がしっかり浮き出ている。
生まれ故郷である愛媛県の愛媛ナンバーはよく見ると省略しまくっていて
「何の字だよ!」ってツッコミたくなるくらいだったのに。

それにしても愛知県はご当地ナンバーが導入されたこともあって
“名古屋”“尾張小牧”“三河”“豊橋”“豊田”“岡崎”の6種類もある。
それに対して愛媛県は“愛媛”の1種類のみ。
この差って一体・・・
日記
2006.12.17 年賀状
ぼちぼち年賀状を書き始めねば!ということで
ようやく手をつけることにした。

これまでは裏面も数年前に買った年賀状ソフトで作っていたのだが、
どうもこのソフトは色の自由度が少ない。
ということで今年は他のソフトを使うことにした。

といっても、新たに買うわけにはいかないので、
“図とテキストが入力出来るソフト”
という条件の元、まずワードで作成。

まぁそれなりに出来たのだが、ワードだとやりたいことに対して制約が・・・
単に使いこなせてないという説もあるがorz

続いてはパワーポイント。
やっぱり普段一番よく使うソフトがやり易い。
使い方としては本来の目的からずれているがまあいいだろう。

というわけで一応作成完了。
そして印刷!・・・と思ったがもう一日考えてみることにした。
年に1度の挨拶だから15分程度で完了じゃぁちょっと手を抜きすぎだろう(笑)
ラリー
2006.12.16 ITA忘年会
今週末はITA忘年会。
場所は例年と同じく群馬 猿ヶ京。
参加メンバーは10人で、他はみんな関東勢。
「遠くからよく来るねぇ」
と言われたりするが、楽しいからいいのだ。

群馬へ向かうルートは
豊田から飯田まで下道、飯田ICから諏訪ICまで高速、
諏訪からは下道で白樺湖、佐久、軽井沢と経由して群馬に向かう。
移動距離はトータル350km。

オール高速で行く選択肢もあるが、かなり遠回りになってしまい、
燃料代を含めて9000円ほど余計にかかる割には1時間しか短縮出来ない。
というわけで、群馬に向かう時はこのルートにしている。

ちなみに高速を降りてから佐久へ向かうルートは、
諏訪ICではなく岡谷ICで降りて和田峠(トンネル)を抜けるルートもあり、
最近IC~峠のバイパスが出来たので魅力的なのだが、
個人的には白樺湖を抜けて白樺の林の中を走るのが好きだ。

さて、忘年会の方はスーパーで買い出しを済ませて宿へ。
早速ひとっ風呂浴びて18時から夕食。

夕食は去年と同じくカルパッチョなメニューが並んでいる。

しかし予想外なことに鍋は愛知から取り寄せた味噌を使っているらしい。
なんでここに来てまで・・・と最初は思っていたが、
溶き卵と合わせるととても美味しかった。

そして“カルパッチョ”のペースノート表記は“CAP”に決定
なかなか使い勝手の良い表現(何に?)・・・のはず・・・

夕食後は部屋に戻り二次会。あーだこーだ話をしていると
あっという間に時は過ぎ、風呂の終了時間の23時が近づいたので
もうひと風呂浴びてくる。

その後、真っ暗な部屋で怪しいDVD鑑賞会。
来年はテレビにつなげられる物を準備しよう・・・


真っ暗な部屋でのDVD鑑賞会
 &それをカメラで撮りまくる の不思議な図

徐々にリタイヤ者が出始めるが、まだまだ話はとどまるところを知らず、
結局終わったのはAM5時過ぎだった・・・

こうやって年末にみんなが集まると楽しい。
だから毎年350kmの移動距離を苦にせず行ってしまうのだ(笑)
日記
2006.12.15 異動
1月付けの人事も大体全貌が見えてきて、
とりあえず異動が無いことが分かりホッとした。

にもかかわらず、職場の後輩が
「Yさんって来年異動なんですか?」
なんて突然聞いてきたりして何かの前触れを感じたりするのだが・・・

まぁ多少の異動はいいのだが、ロケーションが変わることになると大変だ。
何が大変かというと、ラリーに出ることが。やっぱりそれかい!
これまで築きあげてきた体制を見直さないといけなくなるからなぁ・・・

ちなみに自分以外も人の出入りはあまりなく、
「今年は穏やかだったなぁ」と思ったのも束の間。

どうやら職場内では“ガラガラ、ポンッ”的なシャッフルがあるようだ。
しかもそれにしっかり巻き込まれて来年は担当の仕事が変わることに。

というわけで年内は引き継ぎが大変だ・・・
日記
日曜に放送されていたのをビデオに録画して少しずつ観ていたのだが、
ようやく最後まで観終わった。

完全にノックアウトされた。
映画館で観ていたら終わってからしばらく動けなかっただろう。

あの映画をアメリカ人が作ったというのが凄い。
細かい描写までしっかり研究して作り込んである。
そして武士道精神を改めて学ばされたような気がする。
といっても今まで学んだことがあるわけではないが・・・

いろいろツッコミどころはあるんだろうが、
それを差し引いて有り余るくらい良い映画だった。

公開されて約3年。やっと知ったというのがちょっと寂しいが。
日記
時期はちょっと早いが、年末大掃除をスタート。
ここ数年、年末に掃除をする余裕なんて無かったので、
今年は奮起して早めに取りかかることにした。
こうやって少しずつやっていくと何とかなるかなぁと思って・・・

手始めに今日は押し入れの一番下の段。
根っからの貧乏性で物を捨てられない性分と
しばらく開かずの間状態になっていることが相まって、
いろんなガラクタが出てくるに違いない。

というわけで、とりえあず中に入っている物を出してみると
予想通りいろんな物が出てきた。


まずは電動ハンドソー
存在すら忘れていたが、こんな便利な物が隠れていた。


お次はレビンかセリカのクラッチ
しかも壊れている。なんで捨てなかったんだろう・・・


さらに壊れたインターコムが2セット
どうにか直そうとした努力の跡がある・・・


セリカのミラー(外側だけ)
壊した時の為にスペアで取っといたんだろうなぁ。


折れた孫の手
一度直した跡があるが、それでもまた折れている・・・

こんな感じで掘り出し物もあったが次から次へとガラクタが出てきた。
この勢いで行くと、他にもいろんなガラクタが眠っているんだろうなぁ。
本気でやったらこの部屋はかなりすっきりしそうだ。





日記
2006.12.12
今日は一日雨が降ったりやんだりだったが、
仕事が終わって建屋から出てみるとビックリ。
辺り一面、霧で真っ白だった。

この地域は年に何回か深い霧に包まれる事がある。
個人的に霧は好きだ。
特に夜、霧の中ぼんやりと浮かぶ街灯はなんとも幻想的で
心が安らいでいく。

しかし、その霧が出て欲しくない時がある。
それはラリー中。
あの視界が遮られてもどかしい感じが嫌いだ。
どうも気分が滅入ってしまう・・・

来年はラリー中、霧が出なければいいなぁ。
日記
ベトナムで新たなバイオ燃料開発、食用ナマズの脂肪からディーゼル燃料
http://www.sankei.co.jp/keizai/sangyo/061209/sng061209000.htm

ナマズは切り身で出荷されるため、皮や内臓は主に肥料用に使われるのだが、
その内臓の脂肪分の高さに注目。
精製して油を抽出し、ディーゼルエンジン用の燃料を作ることに成功したそうだ。
精製にかかる費用とどれくらいの量が採れるのか興味深い所。

それにしてもナマズの油でディーゼルエンジンが動くとは驚きである。
臭いはどうなんだろう?軽油のように臭くなければ大歓迎だな。
学生時代ガソリンスタンドでアルバイトしていた時は軽油が一番嫌いだった。

ナマズと言えば子供の頃、近所の川で釣った記憶がある。
他の川や池の魚に比べて大きいので、釣れた時は大満足だった。
まぁ、釣って何をするわけでもなく、帰りに放してあげるだけなのだが。

日記
ラリースト忘年会も夜が明けてそろそろ解散。

朝早くから屋敷へは近所の方々が集まってくる。
どうやら今日はここでもちつき大会が行われるようだ。
ついでに猪鍋も振る舞われるとか。

というわけで邪魔になってはいけないので、
いそいそと後片付けをする。

そして駐車場で残り物の分配がてら、だべっていると
5分、10分、1時間と経ち、もちつき大会開始の時間が近づいてきた。

当初は「始まるまで時間があるから」と帰るつもりだったのが、
結局参加することにした。参加料は1000円とお得です。


屋敷の外観はこんな感じ。

メニューはつきたての餅、猪鍋、シカ肉の焼き肉






つきたての餅はとても柔らかく、大根おろし、きなこ、あんこの3種類の味が楽しめる。
猪鍋は白みその出汁がとても美味しく、肉も臭みが無くてGood。
シカ肉も薄目にスライスされていて柔らかくて美味しい。

というわけで、お腹いっぱいになるまで楽しみました。


ラリー
12/9の3つ目は中部ラリーストの忘年会
中部と言ってもほとんど愛知県の一部分だが・・・

ELTのコンサートを終え、余韻に浸りつつ急いで忘年会会場へ向かう。
会場は茅葺屋敷という古い屋敷に少し手を加えたところ。
ここで忘年会をやるのは2回目。屋敷は貸し切りで食事も自分たちで準備。
囲炉裏もあってとてもくつろげる場所です。

屋敷に到着したのは22時過ぎ。
確か17時集合だったので、みなさんかなり出来上がっている状態。

入るやいなや
今年1勝5敗お疲れ様
と直球が飛んでくる。
コンサートの余韻に浸っていたのが一気に冷めるorz
まぁ、その場のみなさんはそんなこと全く知らないのだが。

そして今年1年の振り返りを開幕戦から語る羽目に。
とはいえ、みなさんの興味があるのは
 ・マツダでの女王とのコンビで転倒
 ・京都でのレビン2台ほぼ同時リタイヤ
の2つだけ。
他の事は話していても全然聞いちゃーいねぇ。
ま、出来上がった酔っぱらい集団だから仕方ないか。

結局京都以降は誰も聞いてなかったのでそのままフェードアウト。
まぁいいや。どうせリタイヤしか無いんだからorz

そして場の話題は何故か“女王絶賛”で盛り上がる(笑)

「来年はみんなどうするんだろう?」というところを探るつもりだったが、
ほとんどその話題にはならず。
さらに“oさんご結婚”のニュースを持ち込んでいじりまくるつもりだったのだが、
どうも本人が待ちきれずに自ら宣言しちゃってたらしく、
自分が到着した頃には一通りいじられた後で酔いが回って眠り込んでしまった。チクショー

そんな感じでAM2:30くらいまで語り続けて就寝。長い宴も終わりを告げる。
音楽
12/9の2つ目はevery little thing concert tour 2006-2007 Crispy Parkの名古屋公演

10月から始まったコンサート・ツアーは12/9、10が名古屋国際会議場センチュリーホールだ。

定刻の18:00を若干過ぎた頃に(いつもの事?)コンサートがスタート。
最初の曲はドラマ「結婚出来ない男」の主題歌でもあったスイミー
オープニングに打って付けのノリの良い曲です。

この3日前にテレビの生放送に出演していた時は持田香織の喉の調子が崩れていたのか、
特に高音の伸びが全くなかったので少し心配していたのだが、
始まってみるといつも通りの透き通った歌声で一安心。
2日間のインターバルでしっかり休養出来たのかな?

コンサートはMCが少なめでどんどん曲が進んでいく。
え?次この曲なの?って感じで個人的な予想を良い意味で外されていて
すごく楽しみな展開。

そして11曲を終えたところで
持田香織がいつものセリフ
アホになる気はあんのかお前らー!!
と観客をあおって“アホアホモード(?)”の始まり。
元気いっぱいに動き回る姿はテレビでは観られません。

そしてしっとりとしたバラードでひとまず終了。

アンコールはメンバー紹介を含むアップテンポの2曲とバラードを1曲。
この最後のバラードはツアータイトルのアルバムには入っていない曲だったので
少し驚きだったが、最後を締めくくるのにピッタリの心に染み入る歌。
全20曲。大満足でした。

ちなみに今回一緒に行ったのは“普段邦楽は聴かない”方らしいのだが、
コンサートを観てすっかりELTの魅力に引き込まれたようで、
ものすごいパワーを感じた
と言っていた。

テンポの良い曲はノリノリで、バラードはしっとりと歌い続け
観客を魅了する姿は凄いなぁと思う。
そしてボーカル持田香織とギター伊藤一郎の微妙な距離感(?)もいい感じです。

次のツアーは2年後くらいかな?今から楽しみだ。
しばらくは余韻に浸っておこう。
ラーメン
12/9はいろいろあったので3本立てで。

まず1つ目はラーメン屋の新規開拓。

今回食したのは名古屋市御器所にあるとん丸
この後の予定の都合もあり、金山近辺にあるラーメン屋の中で
この店をターゲットにした。

メニューはいたってシンプル。
“らーめん”“とんこつらーめん”“みそらーめん”の3種類にトッピングをどう乗せるか?

ベーシックに考えると“らーめん”にするべきだろうが、
ここは“みそ”を選択。
とんこつは麺が卵麺だったので鼻からパス

一緒に行った知人は“とんこつ”を頼んだが、ベースの出汁はどれも一緒で
加えるスープが種類によって異なるらしい。

そして出てきたのがこれ。

ちなみにみそは白の方が好きなのだが、残念ながらこれは赤。
まぁ、そもそも愛知県内は圧倒時に赤みその方が多いのだが。


一口目は若干違和感を感じたのだが、食べ進める内にどんどん美味しさを感じるようになった。
若干甘めの麺と濃いめのスープのバランスが絶妙のようである。

そして、そろそろ食べ終わるかというタイミングでフルーツ(柿)のサービス。
ラーメンはよっぽどあっさり出ない限り後味にどうしても重さが残るので、
こういうサービスは大変ありがたい。

というわけで、久しぶりに当たりのお店でした。
日記
2006.12.08 忘年会
今日は職場の忘年会。
例年は泊まりだったのだが、今年はできるだけ参加しやすいようにと日帰り。
さらに例年は翌年の人事がある程度オープンになってからだったが、
今年は日程が早めのため、ほとんどクローズのまま。

というわけで今一歩盛り上がりに欠けそう
・・・だったが、始まってみたらそんな心配は不要なほどの
盛り上がりようだった。

2時間半くらいで1次会を終えた後は1/3くらいの人数で2次会に。
しかし直接2次会へは向かわず、数名で1.5次会としてラーメン屋に。
 ちなみにこれまであまり好きではない店だったが、
 いつもと違った観点で食べると意外に美味しかった。

そして、その後2次会の会場へ向かった。

2次会ではあと数年で定年を迎えられるベテランの方から
“じいやのお言葉”(失礼・・・)的なアドバイス?をいただいた。

キーワードとしては
 ・若いうちにやれることをやる
 ・他の人がどうやろうが気にしない
 ・どれだけアホになれるか?
 ・上の人を押し上げること
 ・神の視点からすると人の差なんて誤差範囲
 ・種の存続は人類の宿命

うーん、ちゃんと筋が通った話のはずだったのだが、
キーワードとして抜き出すと支離滅裂で
解釈の仕方でなんとでもとれるようになってしまった・・・

ま、そんなわけで楽しい忘年会でした。
ラリー
2006.12.07 トレーニング
昨日雪練のことを書いたが、
そもそもここ1ヶ月半くらい全く練習に行っていない。
ま、車が無いので仕方ない部分はあるが、
横乗りでも1回ついて行ったかどうかくらいである。

考えてみたらこんなに練習していないのは
初めてじゃないかと思う。

ちなみに一回の練習量は多い方ではないが、
最低でも週1、基本は週2として、
できるだけインターバルを開けないようにしている。

元々それ程才能に恵まれているわけではないので、
 そうだとしたらこんなに地道にやっていない
インターバルを短くすることで感覚を保つことと
走ることを特別な事にしないことを心がけている。

まぁ、逆に言うとこんなに練習から遠ざかることはまずないだろうから、
せっかくのこの機会を有効に生かすようにいろいろと考えるようにしている。

そうやってどんどん想像ばかり膨らんでいくと危険かもしれないが・・・
いつの間にか気分はカンクネンなんてね・・・
ラリー
2006.12.06 雪練
日ごとに寒さを増し、そろそろ雪が降り始めるかな?と思う今日この頃。
雪と言えば“雪練”ここ数年雪のシーズンは
ほぼ毎週雪練に出かける日々を過ごしてきた。

しかし今年は悩みどころである。
どの車で出かけるのか?

練習車のレビンは年末で車検が切れてしまうので使えない。
ま、車検が残っていても不安要素満載なのだが
だからと言って作ったばかりのレビンを雪練に投入するのも
過去の実績から無事に済むとは言えないので躊躇してしまう。

もちろん“そうならないようなトレーニングをする”というのも
レベルUPの為の一つの手段であろうが、
まぁ、楽しみが先行してしまい、いってしまうことがあるので・・・

あとは普段乗り用のセリカかな?せっかくの四駆なので
雪は絶好の活躍の場なのだが、何かあったらちょっと大変。
重量級なので誰の助けも得られずほっとかれる可能性が
・・・というかそもそも助けを必要としなければ良いのだが。

ちなみに年末にはこれまで4年連続“雪合宿”をやってきた。
参加者は毎年入れ替わり立ち替わりで個人的に楽しみなイベントだ。
毎年お邪魔しているペンションにはどう思われているか知らないが・・・


これは2004年の雪合宿の様子。いい感じで白くなってますな。

というわけであんまりのんびり考えている時間は無いのだが、
とりあえず先程セリカ用の中古スタッドレスタイヤを
ネットオークションで落札した。
新品は手が出なかったorz
まぁ今履いている5年モノよりマシだろう。
日記
2006.12.05 懐かしのCM
懐かしいCMを発見した。

当時はこれを観て興奮したものだ。

「走るために軽くなった。-70kgの挑戦」

いいフレーズだなぁ。
最近の車は重くなる一方だから・・・
日記
2006.12.04 アダージョ
アダージョ」(正確には「弦楽のためのアダージョ」)という曲が
ドラマ「のだめカンタービレ」の今日の放送の後半で流れていた。
バイオリンの美しく悲壮感漂う旋律が特徴的なこの曲は好きな曲である。

そして思い出すのはこの曲がテーマ曲だった映画「プラトーン

確か、仲間に裏切られて敵に襲われるエリアス軍曹が味方のヘリに
助けを求めながら倒れていくという重いシーンにこの曲が使われていた。
このシーンは映画のパッケージになっているのでご存じの方も多いだろう。

ちなみに裏切りの首謀者はバーンズ軍曹なのだが、
昨年病気で亡くなったラリードライバー“リチャード・バーンズ”を
最初の頃、個人的にあまり好きになれなかったのはこのバーンズ軍曹の
せいらしいということを今日になってようやく気づいた。
名前のイメージって怖いなぁと思う。

この映画を初めて観たのは中学生の時。
残念ながら劇場ではないが、市のコミュニティ施設が週末に
ビデオ映画上映会を行っており、映画好きの友人と二人で観に行った。

上記のシーン以外にも生々しい描写とシリアスなストーリーに
完全に打ちのめされ、スタッフロールが終わるまで
席を立つことができなかった。
ま、たかだかビデオ上映会ごときで最後まで残っていたのは
一緒に行った友人と二人だけだったが・・・