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外国の話
サンパウロから隣の市の訪問先まで向かうのに、
現地エンジニアの車で行くので、
朝ホテルまで迎えに来てもらうことにした。

がしかし、待ち合わせの時間を過ぎても来る気配がない。
天気は朝から雨。渋滞が酷いのかな?
そして1時間近く待ってようやく到着。
雨で渋滞が酷くていつもより1時間近く余計にかかったと言っているが、
雨の渋滞を見越して早く出発すると言うことはしないらしい・・・

そこから車で2時間ほど移動。
仕事の話やら趣味の話やらをしたが、
お互いAvril Lavigneが好きと言うことで一致した♪

ブラジルではアメリカ音楽が流行っているらしく、
FMラジオでは日本でもよく耳にするアメリカのPOPSが流れていた。

それにしてもこの日ほど自分の英語力の無さを痛感したことは無かった。
何せ朝から夕方まで耳にするのは英語かポルトガル語のみ。
必然的にコミュニケーションの手段は英語となるが、
なかなか込み入った会話が出来ないorz

夕方、現地エンジニアが常駐する事業所に戻って、
日本人に会ったときはさすがにホッとした。

夜には帰国するために空港に向かう必要があるので、
別れを惜しむ時間もあまりなく、出発。

空港まではタクシーで向かう。
運転手は陽気なおじいちゃんという感じの方。
少し英語が話せるみたいで、いろいろと話しかけてくれる。

金曜の夜でしかも雨が降ったり止んだりで渋滞は酷い。
最初は
「車が多いけど、こんなの普通だよ!はっはっはー」
なんて運ちゃんは言っていたが、
途中から
「うーん、なんか事故でもあったかなぁ?」
と言うようになった。
空港へは出発の3時間前には到着しておきたいけど、
すでに2時間前到着も怪しくなってきた。

しかも、
「請求書を書くのに空港のまで止まるのは危険だから、
 ハイウェイを下りる前に路肩に止めるよ」
なんて言っている。
この車はフルスモークで確か防弾車のはず。
それでも危険って一体・・・しかもそこで一人降ろされるのって大丈夫か?

なんとか出発の1時間40分前に空港に到着。
急いでチェックインして、荷物を預け、出国。
出国ゲートが空いていたので助かった。

免税店でおみやげを買い込んでいるとちょうど搭乗開始時刻になった。
なんだか慌ただしかったけど、これでブラジルともお別れ。

いろいろあったけど、やっぱりブラジルは魅力的な国だ。
次は・・・さすがにもう来る機会は無いかな?
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外国の話
昨日キャンセルとなったフライトから
振り替えたフライトに乗るために朝6時過ぎに“ブラジルの民家”を出発。
結局滞在時間は5時間ちょっと。
しかもほとんど睡眠時間。
残念なことに写真を撮るのを忘れていたorz

空港に到着してチェックインしようとすると、
エンジニアのチケットがうまく振り替えできていなかったらしく、
チェックインできない。
搭乗時刻も迫ってきて、どうにもならなさそうだったので、
諦めて次のフライトに変更する。

そうして空港で待つこと4時間。
結局遅らせたフライトも到着先の空港が豪雨の影響が残っていて、
キャンセルになってしまった・・・

このために日本から来ていただいている同行の方には申し訳なかったが、
飛行機が飛ばなかったのはどうしようもない。
その方とはここでお別れ。

夜はあらかじめ予約していたホテルへ。
ホテルの名は“Blue Tree Towers”
名前の由来は創業者が“青木さん”だったから。

青木さんと言うだけあって、ホテル内は日本人向けのサービスがあり、
カウンターには日本語OKの人がいる。
チェックインして部屋に入るとテレビではNHKが流れている。
時差があるのでこちらではよるでも放送は“おはよう日本”

ホテルに宿泊するのは自分一人。
日本人一人でサンパウロの夜の街に出て行くのは自殺行為なので、
夕食はホテル内のレストランで済ますことに。

レストランにはいるとボーイさんが
「ジャパニーズメニューはいるか?」
というようなことを聞いてきたので、
さすが日本語メニューのサービスもあるのかとお願いすると、
出てきたのは英語で書かれた日本食のメニューだった。
Katsudon,Yakisobaなど、アルファベットで見ると違和感のあるメニューが並ぶ。

そして注文したのは“Curry”
これも日本食のメニューなんだなぁ。
出てきたのはいわゆるカレーライス。
しかも、レストラン風ではなくて家庭で作るカレー風だった。

しかし、値段にはやられた。
メニューには22.00と書いてあったように見えたので、
てっきりR$22.00=ブラジルのレアルで日本円で1300円くらいと思っていたら、
実はUS$22.00だった・・・
2300円もするカレーライスなんて生まれて初めてだった。
外国の話
午前中でアルゼンチンでの予定を終えて、
午後からはブラジルに向けて出発。

ブエノスアイレス・エセイサ国際空港からは
“TAM”の飛行機で出発。

このTAMはブラジル最大の航空会社ながら、
定刻通りに飛ぶことは珍しく、搭乗口の変更も日常茶飯事。

出発の2時間前にチェックインすると、
搭乗時刻は1時間前と示されたが、搭乗口は未定。

搭乗時刻の15分前になってようやく搭乗口が表示されたが、
飛行機は影も形もない。
しばらくその状態が続いたと思ったら、
搭乗時刻を過ぎた頃に突然搭乗口が変更。

幸い近くだったのですぐに移動すると、
そこには他の航空会社の飛行機が。
でも、一覧表示の搭乗口はそこに間違いない。

とりあえずそのまま待っていると
その飛行機はどこかに去っていった。
と共に、うなだれた表情で去っていく乗客らしき人が数名。

特にアナウンスは無かったように思えるが、
あの飛行機はどうしたんだろう?
あの乗客達はどうなるんだろう?
いろいろな疑問がわき起こったが、
しばらくしてTAMの飛行機がやってきたので安心した。

そんな状態でも飛行機は予定の15分遅れくらいで出発した。
そこからは順調に20時前にブラジル・サンパウロのグアルーリョス空港に到着。

入国審査、税関を通過して、
そのまま国内線に乗り換えるので荷物を再チェックイン。
そして、この日に日本から来た人と合流。

飛行機は22:10発なのでしばらく二人で待っていると、
先発する予定だった現地のエンジニアから、
到着地の空港が豪雨で閉鎖されていて飛行機が飛ばなかったので、
翌日遅れてくるとの連絡が入った。

なんか嫌な予感がしたが、とりあえず待つ。
そして搭乗時間を過ぎた頃に、
搭乗予定の便名とキャンセルを臭わす単語が聞こえてきた。
 ここは国際空港なのにアナウンスはポルトガル語だけ・・・
慌てて搭乗口の係員に聞くと、空港が閉鎖されたままなのでフライトがキャンセルになったとのこと。
そんなこともっと早く解ったんじゃないのか?

とりあえず翌日のフライトへの振り替え手続きをして、
現地のエンジニアにその旨を連絡して、合わせてホテルの手配をお願いする。
この時点で23時過ぎ。

まぁ、天候のせいなら仕方ないので早くホテルに行って寝ようと思っていたが、
一向に連絡が来ない。
フォローの連絡をしてみると、なかなかホテルが空いていないらしく、
いろいろあたっているとのこと。

またしばらく待っていると、日付が変わる前くらいにようやく連絡が来て、
「空いているホテルが無かったのでウチに泊まらないか?」
と言ってきた。
いや、それはありがたいけど、まだお互い顔を合わせたことも無いのに
本当に良いのか?

とはいえ、サンパウロの空港に朝までいるなんて危険すぎるので
ありがたく泊めていただくことにした。

空港まではそのエンジニアが手配したタクシーが迎えに来てくれて、
タクシーで家に向かう。

こんな形でブラジル人の家に泊まることになるとは・・・
心の準備なんて出来たもんじゃない。
それにどんな家だろう?一人暮らしなのかな?それとも結婚しているのかな?
いろんなことを考えている間に到着。

家の前で若いエンジニアとそのご両親が待ってくれていた。
時刻は0時半過ぎ。こんな夜中にとても申し訳ない・・・

家の中に入れていただくと、
いつもは兄弟が寝ているという部屋を準備してくれていた。
夜も遅いので、早速シャワーを浴びさせてもらう。
なんだかホッとしたなぁ。
明日は早いのでさっさと寝るかと部屋に戻ると、
みんなバルコニーに出て何故かブラジルの経済話をしていた。

エンジニアとそのお父さんは英語が喋れるので
いろいろと話をしてくれた。

午前1時にバルコニーで語り合うブラジル人親子と日本人。
なんだか凄いことになっているような・・・
外国の話
朝5時過ぎに突然携帯電話が鳴り始めた。
今回の出張用に借りてきた携帯。

とりあえずでてみると、

「Hello! Can you speek German?」

と言ってきた。とりあえず
「No.」
と答えると、

「I got e-mail from you!」

と返してきた。
何が何だか解らず
「What?」
と答えてそのまま電話を切ってやった。

間違い電話だと思われるが、
いったい何だったんだ?こんな早朝から迷惑な!

結局そのまま目が覚めてしまった・・・


昨日、今日と一緒に仕事をした現地のエンジニアに
ラリーに興味がある人がいるので、
日本から持って行った某ナビゲーター様制作のDVDを
おみやげとして渡してあげたところ、
お返しにと、今年のアルゼンチンラリーのパンフレットをくれた。

WRCは毎年観に行っているらしい。
うぅ、羨ましい。
外国の話
ブエノスアイレスでの初日の仕事を終えて、
ホテル近くのイタリア料理屋にて夕食。

注文したメニューが出てくるのをまっていると、
小さな女の子が店に入ってきて、
握りしめていた絆創膏をテーブルに拡げて
何かをしきりに叫んでいる。

スペイン語が解る同行者によると、
「買って!買って!」
と言っているらしい。

店の人は強制的に追い出すわけにはいかず、
早く出て行って欲しい仕草をしている。

しばらくすると他の女の子が入ってきて、
これまた何かを売ろうとしている。

どうやらブエノスアイレスでは珍しい光景ではないらしく、
経済的に苦しい家ではああやって小さな子も働かざるを得ないらしい。

そう考えると日本は本当に恵まれているんだなぁと思った。
外国の話
ダラスから約10時間でブエノスアイレス・エセイサ空港に到着。
飛行機ではグッスリ眠ることが出来た。

現地の時刻は朝9時前。

とりあえず空港でベネズエラからやってきた他のメンバーと合流し、
タクシーでホテルに向かう。

タクシーの運転手は少し日本語が喋れる日系人(?)の方で、
カーオーディオから流れていたのは一青窈の“ハナミズキ”
その後も夏川りみ、中島美嘉と続く。

どうやら日本から送ってもらったCDを自分で編集したものらしい。
いきなりそんな日本文化に触れるとは思わなかった。

ホテルは去年と同じ。
去年は部屋に入ろうとしたら既に他の客がいた・・・
今年はどうか?と不安だったが何事もなかった。
と思いきや、テレビがまともに映らない。
せっかくF1モナコGPを観ようと思ったのに・・・

とりあえずフロントにテレビを直して欲しい旨を伝えて、
ブエノスアイレス観光に出かける。

まず向かった先はフロリダ通り。
去年はここのマクドナルドで100ペソ札(約3300円)を出したら
見事に断られて買えなかった悲しい思い出が・・・

というわけでそのリベンジに。
今回は17.5ペソのCrispyGrillを身振り手振りで注文し、
無事50ペソ札で購入することが出来た。



食後は大統領府近くの大聖堂へ。
去年はなにかのイベントをやっていてとても中に入れる雰囲気ではなかったが、
今回は他の観光客と共に聖堂内に入ることが出来た。


200年くらい前に作られた建物で、
壁や天井まで至る所まで彩色が施されていてとてもキレイ。

続いて赤レンガの建物が並ぶ川沿いのプエルト・マデーロ地区へ。
ここには“PRESIDENTE SARMIENTO”という海軍の古い研修船が展示されている。

せっかくなので2ペソ払って船内へ。

船内は思った以上に広く、しかも隅々まで見て回れるように解放されている。

エンジンも

魚雷も

カブトも・・・


カブト!?
どうやら日本に立ち寄った際に贈られたものと思われる。

がしかし、船内の説明書きは全てスペイン語なので
なにがなんだか全然解らないのが残念orz

そんな感じのブエノスアイレス観光を終えてホテルに戻ると
ちゃんとテレビが映るようになっていた。

ちょうどモナコGPの録画放送らしきものをやっていた。
もちろんスペイン語の実況なので何をいっているかわからないが、
国際映像のテロップは日本と同じなのでそれを頼りにレースの状況を掴む。

それにしてもロバート・クビカ、あと一歩だったなぁ。


外国の話
最初の目的地はアルゼンチン・ブエノスアイレス。
直行便の飛行機はないので、
今回はセントレア発の成田、ダラス経由で向かう。

成田からはアメリカン航空の飛行機。
ほぼ定刻で飛行機に搭乗し座席に座ろうとすると、
後の方から来たジーコ似の初老の紳士が近づいてきて、

「その隣にいるのは私のワイフなんだ。席を替わってくれないか?」

というようなことを言ってきた。
断るのも悪いので、替わってあげたが、
せっかくの通路側が中央席になってしまった・・・

しかし、最初の食事を終えた頃に再びその紳士がやってきて、

「さっきはありがとう。これはキミへの贈り物だ」

みたいなことを言って、機内の免税販売で買ったと思われる
GODIVAのチョコレート詰め合わせを渡してくれた。

なんだか凄くカッコよさを感じた。
さらっとああいう風にできるようになりたいものだ。

その後、機内は消灯となり皆さんお休みタイムなのだが、
ここで寝てしまうとあとあと時差で苦しむので、
迷惑だと思いながらも読書灯をつけて頑張って起き続ける。

今回読んでいる本は横山秀夫の“クライマーズハイ”。
機内で読むには微妙なストーリーだが、面白かった。

12時間のフライトを経てアメリカ・ダラスに到着。
乗り継ぎだけど入国が必要。

相変わらずアメリカの入国審査はあれこれ聞いてくる。
すごく怪しまれながらもなんとか止められずに通過。

せっかくなのでダラスの空気に触れてみようと思い
空港から外に出たらものすごい熱気。
出るんじゃなかった・・・

乗り継ぎの待ち時間は約4時間。
その後はまたアメリカン航空のブエノスアイレス行きの飛行機に乗る。
日記
2008.05.23 出発前夜
気がついたらあっという間に南米出張の前日になってしまった。

去年は南米どころか、海外に行くこと自体が初めてだったので、
とにかくいろんなことを聞きまくって調べまくってだったが、
二度目になるとそんな緊張感もなく、
大した心構えもなく今日にいたるである。

しかし、去年はずっと誰かと一緒に行動していたのだが、
今年は一人での移動が多かったりする。
そういう意味では今年の方が不安要素が多いのでは?・・・

まぁ、何とかなるだろう。

とりあえずブエノスアイレス到着は日曜のAM8:00。
うまくいけば、F1モナコGPが生放送で観れるかな?
日記
近所のスーパーに行ったら、九州物産展をやっていて、
梅ヶ枝餅を焼いていたので迷わず買ってしまった。

先月、唐津の帰りに寄ったSAでも買ったけど、
あのときは食べるときに冷めていたので味がイマイチだったけど、
今回は焼きたて。美味しかった♪

さて、先週末のラリーの参戦記を書き上げました。
なんだかダラダラと書いてしまったので読みにくいかも知れませんが、
興味がある方は読んでやって下さい。
http://rallyborg.blog50.fc2.com/blog-entry-495.html
それにしても、勝負を楽しんで、走りを楽しんで、結果がついてきてと
三拍子揃った楽しいラリーだったなぁ。
やっぱり三度目の正直?
ラリー
第3戦にてようやくJN-2クラス優勝することが出来ました!
ようやくといった感じですね。

でも第2戦のようにぶっちぎっていた訳ではなく、
最後はかなり追い詰められて、終わってみればわずか1秒差・・・
でも優勝は優勝!

とりあえずSS7のインカー映像をUPしておきます。
ダムサイドの4.81kmのハイスピードコース。
総合のベストタイムからわずか5.6秒落ちでした。
ゴール後にナビから
「バカじゃないの?」
と言われるくらい頑張って踏みました♪
ラリー参戦記~2008
Leg1
 Section1
  SS1 Rurikei 1          4.79km(R渓)
  SS2 Amawaka East1     4.81km(ダムサイド逆走)
  SS3 Tatsunori Pass 1     5.61km(H峠)
  SS4 Deer's Stool 1       0.61km(府民の森ギャラステ)
  SS5 Amawaka East2     4.81km(ダムサイド逆走)
   Refuel 1
   ServiceA 20min
   Regroup
 Section2
  SS6 Deer's Stool Reverse 1  0.58km(府民の森ギャラステ逆走)
  SS7 Amawaka East3      4.81km(ダムサイド逆走)
  SS8 Tatsunori Pass 2      5.61km(H峠)
  SS9 Rurikei 2           4.79km(R渓)
  SS10 Deer's Stool 2       0.61km(府民の森ギャラステ)
  SS11 Amawaka West 1      4.75km(ダムサイド順走)
   ServiceB 45min
   Regroup
   Refuel 2
 Section3
  SS12 Tatsunori Pass 3      5.61km(H峠)
  SS13 Rurikei 3           4.79km(R渓)
  SS14 Amawaka West 2      4.75km(ダムサイド逆走)


KYOTO南丹ラリー2008は園部公民館からスタート。

サービス隊は先にサービス会場に向かうので、
荷物などを預けておいたのは良かったが、
インカーカメラ用のリモコンまで預けてしまったorz
とりあえずサービスまでは何事も起こらないように気をつけるとするか・・・

SS1はいきなりちゅるちゅるのR渓から。
朝イチでここを走るのはどうも精神衛生的に良くないと思う。

案の定、2つめの左コーナーは泥だらけに・・・
さらにその先もコケのある滑りやすい路面。
いきなり終わりたくないので無理をせず慎重に走る。
ここで数秒負けてもいなくなるよりマシ。
と思ったら、周りも同じ状態だったのか、とりあえずクラスベストタイム♪
幸先良いスタートを切ることが出来た。

続いてSS2は一転してハイスピードなダムサイド。
頑張って走ったつもりだったが、
JN-3の新型シビックに5秒近く負けている・・・
さらには黄色いBOON2台にも1秒くらい負けてしまった・・・
今日はちょっと厳しくなるかな?

SS3はH峠。
いまだに一昨年のスピンアウトが記憶に残るが、
何であんなところでスピンしたのかは未だに不明。
ってことでそれほどトラウマにはなっていなかったりする。

でもこの道、例年以上に曲がらないような気がする・・・
切りすぎと思えるくらいステアリングを切ってなんとか曲がるのだが、
とにかく気持ちよくない。
これはかなり負けているのではないか?と思いながら苦しい走りでなんとかゴール。
苦しい思いとは裏腹に2位に3秒近く差をつけてクラスベスト♪
でも、あの気持ち悪い走りでは爽快感がない・・・

後で気持ち悪い原因が解った。
どうやら昨晩H峠付近は雨が降ったらしい。恐るべしH峠。

気分を新たにしてSS4は府民の森ギャラステ。
昨年は泥だらけのサービス直後だったので、数台が1コーナーの餌食となった。
今年は取り回しが工夫されていて、去年の惨劇は起きなくてすみそうだ。
とりあえずここは無難にこなす。

SS5はダムサイドの2回目。
さっきよりもさらに丁寧に走って、3秒近くタイムUP。
黄色いBOONにはコンマ数秒勝てた♪
でも、新型シビックにはまだ1秒以上の差が・・・

Section1を終えて、2位に5秒近くの差でトップ。
とりあえずまぁまぁかな?

Refuelを済ませて最初のサービスへ。
ここでフロントタイヤを少し硬めのものに換える。
あとはバナナを食べて栄養補給。
そしてカメラのリモコンも忘れずに載せる。



Section2は最初のギャラステを無難にこなして、
3回目のダムサイドへ。
タイヤチョイスがどうなるか心配だったが、
思った以上にフィーリングが良く、
自信を持って限界まで攻めることが出来た。
当然タイムも先ほどより2秒以上UPして、
ようやく新型シビックに勝つことが出来た♪
 クラスは違えど、2WDの車は全てライバルだと思ってます
続くSS8は1回目よりも路面が良くなりさらにタイヤもバッチリ。
後半インカットしたときに結構な衝撃があったけど、
なんとかバーストせずに済んだ。
 後でサイドウォールをみると危うい傷が・・・
ここもクラスベスト。
ここまでで2位の黄色いBOONのO選手に10秒近くまで差を広げることが出来た。

SS9は2回目のR渓。
スタートにたどり着くとSSが中断している。
どうやらセリカが2台リタイヤしてその引き揚げをしているのだとか。
このままキャンセルになってくれたらなぁ・・・
なんて淡い期待をしていたが世の中そう甘くはなくSS再開。

2回目と言ってもここはやっぱりちゅるちゅる。
1回目より少しタイムUPしたが、O選手に1秒くらい負けてしまった・・・

ギャラステを済ますと続いてはダムサイド逆走。
この方向はこれまで何度も4~5kmのショートで使っているので
だいぶコースを覚えてきている。
というわけで、1回目からかなりのペースで走る。

そしてタイムは新型シビック、地元N選手のインテグラ、O選手の黄色いBOONと
4台まとめて同タイム!
 JN-3、JN-2のトップ2台が同タイムってのは偶然というか拮抗しているというか・・・

Section2を終えて、2位との差は約9秒。
しかし2位は地元のO選手。油断は出来ない。
さらにJN-3トップのN選手との差も1秒以内。頑張らねば。
 JN-3とは以前同じクラスだったので負けたくないのが本音です
サービスでは夜に備えて補助灯を付ける。
そして美味しいカレーをいただいて栄養補給は十分!

夜のステージはH峠から。
ここを夜走るのは初めてなので少し不安。
その不安が的中したのか、どうも補助灯の調子が悪い。
点いたり消えたり灯りがパカパカしていて走りづらいorz
道端が見づらいので道の真ん中をずっと走っている感じ。
とうぜんタイムが出るわけがない。

ここでO選手に4秒近く負けてしまい、
一気に差が5秒に縮まった・・・

本当はここで2秒くらい勝って諦めてもらうつもりだったのに、
しっかりスイッチを入れてしまった・・・
まぁしょうがない。

続くR渓の前で補助灯を少しいじってみたが調子は変わらず。
でもパカパカするのには少しずつ慣れてきた。
・・・がここも2秒負け。残り3秒まで追い詰められる。

結局勝負は最終SSのダムサイドまでもつれ込むことになってしまった。
どうやらそう簡単には勝たせてくれないらしい。
しかも相手はBOONとはいえ、地元のO選手。
本音では負けたかな?なんて思いがよぎる。

でも、そんな状態でも逆に
負けたら負けたでしょうがないと割り切ることが出来た。
最後のSSを精一杯楽しんで走ろう!

実はダムサイドのコースは好きなコース。
というのは、他のラリーでは絶対にないコースだから。
このSSが終わると来年までここを走ることが出来ない。

そんな思いがあってか、
走っている間は2位とのタイム差は頭の中から消えていて、
とにかく1つ1つのコーナーを抜けるのが楽しい。

そしてタイムは昼の1回目より1秒ちょっとタイムダウン。
ドキドキしながら後ゼッケンのO選手のゴールを待つ。
O選手には2秒負けていた・・・
でも、なんとかトータル1秒差でトップを守りきった!

というわけでようやく今シーズン初勝利を上げることが出来た。
しかも、JN-3のトップにも勝って、総合8位。

勝因はタイヤが外れなかったことか?・・・
ラリー
ほとんど忘れかけていたのだが、
久万高原ラリーが終わった後、地元のテレビ局に貸し出していた
インカービデオのテープが返送されてきた。

どうやらOAは今日だったらしく、
このインカー映像の一部が使われたのだとか。

後日DVDで送ってもらえるらしいので
楽しみにしておこう。

できれば、この部分の映像が使われなかったことを祈っておこう
改めて観るとなんだか恥ずかしい・・・
でも二度とこうならないように
自分への戒めも込めて公開してしまおう。

さて、明日からはいよいよ第3戦。
右フロントはほとんどの部品が新品になったので、
今度は大丈夫だろう。
あとは雨が降らないことを祈るとするか。
去年は後半ブーンに追いかけられて大変だったので。

ちなみに最近当たり前のようになってきたSS速報。
今回もこちらにUPされるようです。
results-mobile.kyotonantanrally.com
ラリー
2008.05.12 あと4日
第3戦の京都南丹ラリーまであと4日。
第2戦からあっという間だったような気がする。

とりあえず第2戦のダメージは完全に修復されたので、
今度は心配なく思いっきりアタックできるはず。

勝負の鍵を握るのは某峠になるような気がするが、
この道は好きなような嫌いなような・・・
最後の1kmくらいの区間は好きなんだけどな。

まぁ、今年はしっかり乾いてくれることを願っておこう。

ちなみに去年のここのインカービデオを
所用があって動画サイトにUPしたので
せっかくだからここにも貼り付けておこう。
ラリー
先々週のラリーはタイヤが脱落してリタイヤしたが、
その時にフェンダーが巻き添えを食らってクシャクシャになってしまったので、
仕方なく交換した。

でもフェンダーだけ真っ白のままではみっともないので、
いつもお世話してもらっているmad氏にカラーリングのメンテナンスをお願いした。


相変わらず手慣れた手つきでどんどんシートを貼り付けて、
真っ白のフェンダーがベースのデザインにとけ込んでいきます。

そして、あっという間にメンテナンス完了。

何事もなかったかのような出来上がりです♪
日記
2008.05.06 キズモノ
一昨日、サスセッティングの途中で
リヤのアブソーバーの減衰を調整しようと車の下に潜り込んだところ、
頬に“チカッ”と刺すような痛みが・・・

どうやらアツアツのマフラーに触れてしまったらしいorz

その時は特に気にも止めていなかったが、
翌朝起きて顔を洗ったときに鏡に映った顔には
ひっかき傷のような火傷の跡がクッキリと残っていた・・・

どうも車以上に自分の体に傷がつくことに無頓着のようだ。
「人の体は放っておけば治ります」
なんて某お方が宣っていたような気がするが、
まぁもうちょっと気にしなくては・・・

仕方なく今日はその状態で出社したのだが、
会う人会う人気になるようで色々聞かれた。

それにしても
男性陣は
「どうしたのそれ?」
なんて心配そうに聞いてくれるが、
女性陣は
「それ誰につけられたの~?」
なんて先入観を持ってニヤケ顔で聞いてきやがる・・・

さらに不運なことにこんな日に限って
証明写真を撮らなくてはいけなかったりする・・・

ブラジルのビザ申請が却下されたらこの傷のせいだな
音楽
2008.05.03 バッハ
突然であるが、バッハにハマっている。
あの“音楽の父”J.S.バッハですよ。

というのも、久万高原ラリーのレッキの移動区間のBGMに流していた
ヴァイオリン協奏曲の中にバッハの曲が入っていて、
それに聴き入ってしまったのが発端。

なんでそんなものをまた流していたかというと、
正月の帰省の時に、実家からクラシック音楽のCDを何枚か借りたにも関わらず、
ほとんど聴いていなかったので、せっかくだからいつもと雰囲気を変えてと思って・・・

そして他の曲も聴いてみたいと思ったが、
何せたくさんの曲を遺したバッハ。
何から聞いて良いものやら・・・

と考えているところで発見したのがこのCD

“サルにもわかる バッハ”
まさにうってつけ。

どうやら最近avexがサルにもわかるシリーズとして出したらしい。
どこかで聴いたことのあるような曲ばかり。

でも、聴いてみたかったブランデンブルグ協奏曲が全く入っていなかったので
結局それは別のCDを買ってしまった。

それにしてもCD3枚買って3000円。
安上がりですね♪
ラリー
2008.05.01 第2戦の参戦記
ようやく第2戦の参戦記を書き上げた。
興味のある方はこちらから

ちなみに、残念ながら地元3連覇を逃してしまったわけだが、
どうやら3連覇できない血筋らしい。

というのも、我が兄はデュアスロンという競技をやっていて、
(簡単に言うと水泳を除いたトライアスロン)
 父親曰く、兄弟揃って走り屋なんだとか・・・
以前地元3連覇がかかっていたイベントに出場し、
ぶっちぎりのトップを快走していたとき、
自転車でコケて大けがを負い脱落してしまったらしい。

血筋なら仕方ないか・・・